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ホーム / ブログ / 士魂商才~海賊とよばれた男

士魂商才~海賊とよばれた男

海賊とよばれた男(岡田准一主演)が公開され、一目散に新宿新宿TOHOシネマズに行ってきた。最近、よく物議を醸す百田氏の作品なのだが、非常に素晴らしく、多くの日本人に読んで貰いたいと秀逸な作品である。主人公の国岡徹造のモデルは出光興産の創業者である出光佐三。昨今は合併問題で現経営陣との間でお家騒動を起こしているが、このタイミングで映画「海賊とよばれた男」が公開されており、現経営陣や創業家を何を感じるか。

話を戻す。この作品で私が涙した場面は以下の3つである。

1.乞食になろう

古事記ではない。乞食である。国岡商店は木田祥太郎氏の資金提供で設立された。木田氏は株主でもなんでもない。国岡徹造という漢を見込んで私財を投じた。ところが、スタートアップの国岡商店の業績は悪く、経営が行き詰っていく。国岡が木田のもとを訪れ、国岡商店の経営が破綻に追い込まれており、借りたお金の返済の見通しが難しくなり、一生涯をかけてお金は返す、と木田に謝罪。木田は国岡に追加融資を申し出た。3年やってダメなら5年。5年でダメなら10年。もしそれでもダメだったら一緒に乞食になろう、と。このシーンを見て、感動しない経営者などいない。会社というものは本当に大変である。10年で9割以上もの会社が倒産すると言われている。資金繰りに苦しんだことのない経営者なんていない。一生懸命やっても結果が出ないときがある。それでも経営者は結果が全て。本来であれば木田に罵倒されてもおかしくない。それにもかかわらず、木田は国岡に「乞食になろう」と言ってのけた。このシーン、本で読んでも、映画で見ても泣けた。特に木田祥太郎役を大好きな近藤正臣が演じていたから一気に涙腺が崩壊した。

2.店員の解雇はしない。

国岡商店は戦後暫くは石油の販売が出来なかった。そもそも、日本には石油がなかった事と、戦後の混乱でハイパーインフレになり、市場は混乱し、マトモに商売ができる環境ではなかった。そんなとき、国岡は「石油」という事業に対する想いを封印して、今を生き抜くためにあらゆる仕事をこなした。ラジオの修理や海軍が使用したタンクの底の泥のような油を汲みだす仕事まで、何でもやった。映画では、その泥まみれの油を汲みだす仕事に国岡が加わり、店員とともに泥まみれになりながら笑顔で仕事をこなしていた。この光景を偶然居合わせたGHQの幹部が国岡商店の石油販売の権利を認めることに繋がり、後に、国岡商店は復活した。仮に今の時代に国岡氏が生存していればどう考えるだろうか。幼少期、石炭から石油へエネルギーの需要が変わることを見据えて国岡商店を立ち上げた。一方、今は石油事業は成熟し、今後衰退するのは明白。天然ガスや水素など新しいエネルギー事業の考えなければならない。国岡氏ならどう考えるだろうか。。

3.妻との離婚

原作と映画では内容が若干異なるが、映画の演出は秀逸だった。徹造の妻、ユキは徹造との間に子供が恵まれないことを悩んでいた。徹造もそんなユキの気持ちはわかっていた。徹造は国岡商店の店員こそが子供たちだ、とユキを励ます。ところが、ユキは国岡が満州に出張中に価値観の不一致を理由に徹造に内緒で家を出た。その後、離婚が成立。晩年、ユキの身内の小川初美(演:黒木華)が徹造のもとを訪れ、ユキが大切に持っていた国岡商店の記事のスクラップ、写真、生前、いつも国岡商店のことを話していたことを徹造に話した。ユキの真意を知った徹造は泣き崩れた。永遠のゼロもそうだが、人間は他人の為に犠牲になることができるイキモノである。自分の為だけに生きていく事に卑しさを感じ、誰かの為に、何かを成し遂げたい、と考えるのが普通。昔、それは「大義」という言葉で表された。ユキが徹造のもとを去ったのは、ユキなりの大義名分がある。その大義を知った徹造が泣き崩れるのは、自分の為にここまで犠牲になれる、ユキの深い愛情を感じたからに他ならない。

最後に、出光佐三氏の私の履歴書(日本経済新聞)の一節を紹介する。新入社員に対する心得のようなものである。

「君らは3年か5年大学にいったためにうぬぼれ過ぎている。そして人間が完成したように思っているが、人間というものは実は何も力はないのだ。ここの会社にはいったならばまずおれは大学を出た、卒業したという気持と卒業証書を捨てろという。人間社会の人情の複雑な中に飛び込んで、その中で鍛えて鍛えて鍛え上げていくところに人間としてのえらさが出てくる。苦労をすればするほど人間は完成に近づくのだ。私は神様をおがむが、そのときはただ無我の状態にはいるのだ。家庭では神様と仏様を拝むし1日に何回か無我無心の状態にはいる。それは非常に尊いことだ。どうぞ金もうけさせて下さい。いい思いをさせて下さいというようなことを頼んだことはない。無我無心になる、これだ」

苦労をすればするほど人間は完成に近づく。
本当にそう思う。たくさん挑戦して、タンコブ作って、苦しんで、絶望して、その先に栄光がある。生きていれば、それなりにいろいろある。仕事がうまくいかないこともあるだろう。家庭がうまくいかないこともある。自分ではどうすることもできないような問題に直面することもある。なぜ自分ばかり、と神様を恨むこともあるだろう。

でも、出光佐三氏の仰る通り、無我無心になる、本当にこれしかないのである。
海賊とよばれた男、映画はもちろん原作もお勧めである。
まだ原作を読んだことのない人は年末年始の機会に是非。

代表取締役
荒金

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