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ホーム / ブログ / ウイスキーの父「竹鶴政孝」に学ぶ!!

ウイスキーの父「竹鶴政孝」に学ぶ!!

先日、銀座日比谷BARにて、マッサンと日本初本格ウィスキーの歩み、についてアサヒビール社の本田氏からお話を伺った。今年6月、私は余市を訪れ、ニッカの工場を見学。ウイスキーの知識も、さらにいえば竹鶴氏のことも良く知らず、正直あまり印象になかったが、マッサンが始まってからというもの、何かと話題になり、機会があって日比谷BAR主催のイベントに参加することに。感じたことは以下の3つ。

1.本物のウイスキーに対する拘り、情熱

玉山鉄二演じるマッサンは非常に頑固ものである。「本物のウイスキー」に対するこだわりが強く、後の鴨井商店の大将と品質や経営方針などの違いから別々の道を歩むことになる。ウイスキーは製品化まで非常に時間を要する。設備投資から販売まで最短で5年を要する。日本人の口に合うかどうかわからないウイスキーを、5年間も我慢して投資し続けることの怖さ、非常に大変なことだと思う。実際、住吉酒造では、投資効率の悪さからウイスキー事業を断念することになる。ゆえに政孝氏が「本物のウイスキー」に拘り続けることができる精神力、執念は凄まじいものがある。政孝氏に限らず、ゼロから1を作り出し、世の中に新しい価値を創造した偉人の多くが、「執念の人」なのではないだろうか。執念なくして事業は成り立たず!である。

2.変化に対応する力

マッサンは「一人でも多くの人に本物のウイスキーを飲んでもらいたい」という夢を持つ。その為に、稼業を継がず、住吉酒造の期待を背負い単身スコットランドに留学した。無論、帰国後は住吉酒造でウイスキーを製品化させる、という単純明快な目標が待っているのだが、ドラマで描かれていたように全く上手くいかなかった。投資の回収効率が悪い、さらに事業そのものがあまりにも不透明。莫大な初期投資がかかる。日本でウイスキーが広まるかどうかの問題。初の国産ウイスキーの製造に向けて課題は山積しており、ウイスキー事業の計画は都度変更を余儀なくされた。住吉酒造でにウイスキー事業断念。さらに鴨井商店での葛藤。背水の陣で挑んだ余市での事業。生涯の誇りとした「本物のウイスキー」という理念に反する三級ウイスキーの製品化など、政孝氏の国産ウイスキー事業に向けての計画の変更は日々のことである。日々、計画通りに進まず、それでもなお、新たな道を切り開き、危機を乗り越えた。昨今、「不安定」を嘆く人が多い。しかし、政孝氏の人生は「不安定」というレベルのものではない。「不安定」など当たり前であり、もはや前提である。そこから、どのように事業を前に進めていくのか、考えながら、さまざまな選択肢を模索する。AがだめならB、BがだめならCと、次々と策を繰り出す。この変化に対応する力こそ、現代の我々にも求められる資質なのではないだろうか。

3..一期一会

アサヒの本田氏は「マッサン」がウイスキーの父であるならば、「リタ」はウイスキーの母であると称した。なぜならば、ニッカの出資者である加賀商店、柴川又四郎など、リタの紹介によるものだからだ。当然ながら出資者がいなければ事業は成り立たない。いかなる才能があっても、それを理解し、応援してくれる人がいなければ道は開かれない。マッサンは幸運にも、リタという内助の功を得て、大成しうる好運命に恵まれたのであった。出逢った全ての人と誠実に向き合い、縁を大切にすれば、必ず誰かが味方になってくれる、個人的にはそう感じる。一期一会がいかに大切なのか、改めて思う。例えば、サントリー白札のスモーキーフレーバーは焦げ臭く不評だった為、鳥井氏は政孝氏に日本人の口に合うよう求めたが竹鶴氏はそれを拒否した。そして、スコットランドと同じ製法に拘った政孝氏は鳥井氏のもとを去った。もちろん両者の判断に正解などないし、結果的にどちらも正解だったといえる。ただ、一つだけ言えることは、お互い信念を持って仕事を取り組み、それを互いに尊重していた、という点である。だからこそ、ニッカ創業後もサントリーとの間で切磋琢磨できたのではないだろうか。政孝氏にとっての鳥井氏、鳥井氏にとっての政孝氏、いずれもお互いの人生を変えた一番の一期一会になったものと考える。

職業柄、私はウイスキーの製法云々よりも、そのようなキャリアを形成してきたのか、という視点にたって物事を考える癖がある。なので感想も技術的な内容は割愛する。樽内の物理的・化学的な反応云々説明しても理解できるものではないでしょうし。。スチールポットの構造の話をしてもあまり面白くないですし。それよりも、政孝氏の「本物」に拘りぬいた職人としての誇りや繰り返し訪れた危機を乗り越えた強い信念やその生き方にドラマとしての面白さを感じる。苦しい局面でも打開策を考え、常に選択肢を複数確保し、粘り強く生きていくことで道は開かれる。そのことを、我々は日本ウイスキーの父である竹鶴政孝氏から学びたい。また、朝ドラマッサンを通して、夢を持つことの尊さ、それを実現させる為に必要な覚悟、忍耐力、ドラマを介して多くの若年層の視聴者に心に届き日本が元気になることを期待する。もっと言えばウイスキーが日本国民の”ニッカ”になることを政孝氏は天国から望んでいるに違いない。

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